作文ジム

文章を書く練習をしています。毎日1,000字目標

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今日は「羊」でチャレンジ

 

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幼稚園に通っていたころは眠ることが嫌いだった。特に、半ば強制的に設定されるお昼寝の時間が苦手だった。眠っている姿を母や幼稚園の先生に見られることは自分の無防備な姿を他者にさらすことだ、だから嫌だというようなことを、午後の日差しが照らす部屋で、布団の上に横たわりながら考えていた。今思うと、つい3・4年ぐらい前までベビーベッドに寝転がってさんざん面倒を見てもらっていたくせに、まったく生意気なことを言うガキである。

両親は、そんな生意気な考えまでは知らずとも、わが子は眠るのが嫌いらしいということには気付いていたようだ。当時まだ仲が良かった父から、気持ちよく眠るためのコツを何個か教えてもらった記憶がある。内容は様々で、「身体の各部位から一か所ずつ力を抜いていく」という本格的なものもあれば「羊を数える」などという月並みなアドバイスもあった。

 

幼いころの私は、寝ることが嫌いではあったが、下手ではなかった。つまり父の心配をよそに、寝つきは比較的良かったのだ。何かに悩んで眠れないというようなことはあまりなかった。「まだ寝たくないんだけど」などと思いつつ、目を閉じれば重力に身を任せるかのようにして眠りの中へ落ちていった。そこに羊の頭数を数える猶予などなかった。

しかし、成長して働き始めてから、私の睡眠事情は幼少期と真逆になった。つまり、日中いつも「眠りたい」と思っているのに、いざ夜寝ようとすると眠りにおちるまでに時間がかかるのである。仕事中や事務作業中、「こんなつまらないものは放り出してさっさと横になってしまいたい」と考えることが日にに何回あるだろう。仕事終わりや休日、夕方ごろに眠気のピークを迎えるとソファだろうが床だろうが場所を選ばず横になって眠ってしまう。あんなに嫌いだった昼寝が、いつの間にか習慣になってしまった。

一方で、仕事の時間帯が不規則な上に昼寝ばかりしているせいか、夜は格段に眠れなくなってしまった。布団を敷いて横になると、その日の失敗や心に引っかかっている言葉が頭の中から立ち上がってきて、自分はどうしようもないダメ人間だとか人生お先真っ暗かもしれないとか、そういう嫌な考え事をこんこんと続けてしまうことがある。こうなってしまうと空が白むまで眠れない。しかし、明日もダメ人間なりに社会性のある生き方をするためには、いま眠らなければならないのだ。しかし寝よう寝ようとすると焦ってますます眠れなくなる。こんなことなら昼寝なぞしなければよかった。ああ、私は睡眠の管理もできないダメ人間なのか…。

最近、この暗いループからの脱出方法を発見した。それは、ラジオを聞くことだ。内容はDJのとりとめのないおしゃべりでも良いし、絵本の読み聞かせでも良い。自分以外のだれかが生成した言葉が、私を脳内のじめついた思考から引きはがしてくれる。そうして他人の考えや遠い場所の物語のなかを漂っているうちに、私はいつの間にか眠りの底へ流れつくのだ。私にとっての羊は、ジャムパンにホイップクリームは不要だと叫ぶオードリー若林であり、リスナーとの大喜利に興じるピストン西沢であり、古代ギリシャで浮気を繰り返す大神ゼウスなのである。

標準語

さっそく始めよう。ランダム単語ガチャ様よりお題を頂戴する。

ランダムで算出された3つのお題の中から、一番「これなら書けそう…」と思ったものから選んで書く。1つの話題につき1,000字程度を目標とする。

 

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お題20210617

今日は「標準語」でチャレンジ。

 

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方言女子という単語をよく聞く時期があった。地方の独特な言葉を話す女の子がかわいい、という世間の声から生まれた言葉だったと記憶している。多くの人が、方言の響きに温かさとか親しみやすさに似たイメージを抱いてるということだろう。

 

首都圏に生まれ育った私は、標準語といわれる話し方以外のものを身につけていない。地方出身の友人が標準語の合間に無意識で発していた、私にとってなじみのなかったイントネーションや言葉遣いを聞いて「ちょっとあざといな」などと感じていた。「あざとい」と思うということは羨ましいと感じているということで、つまり私も方言に何かしらの幻想を抱いていたのだろう。

 

一時期、事情があって西日本で過ごしていた。標準語を話す私は、生まれて初めて「珍しいイントネーションでしゃべる人」になった。特に何も考えずにしゃべっていると「横浜出身の親戚としゃべり方が似ている」とかいうような感想をもらうようになった。私の性格のせいもあると思うが「なんかちょっとよそよそしい喋り方だよね」と言われることもあった。これって、大阪出身の人が関東に引っ越してきて「大阪弁でなんか面白いこと言ってよ」と無茶振りされる「方言あるある」的なシチュエーションと同じではないか。この場では、多数派である相手の喋り方こそが「標準」であって、少数派の私が喋る言葉遣いはその「標準」をもとによそよそしいなどという判断を下されているのだ。標準語などという概念は、案外相対的なものではないだろうか。自分の喋り方へ不意に投げかけられる感想にたどたどしい反応を返しながら、私はうっすらそんなことを考えていた。

 

にしても、方言=あたたかい、標準語=冷たいというゆるぎないイメージは一体どこから生み出されたのだろうか。「標準語なんて相対的なものじゃん」などと偉そうに考えていた私だが、いまだに東北や近畿のイントネーションを聞くと「方言かわいい~羨ましい~」などと安易な感想を口にしてしまうことがある。「地方独自のことば」というものにちょっとした憧れを抱いてしまう感性が、出身地関係なく全国の人々に共有されているのは不思議なことだ。

文章を書く練習

毎日更新を目標に、ブログをはじめてみる。理由は、「人に見せられるクオリティの文章」を書く力を身につけたいからである。

 

なぜ文章力をあげたいなどと思い立ったのか。それは、ここ最近「書く」という行為が、私にとってこれまで考えていたよりも大事なものなのかもしれない思うことが増えたためだ。本当にこの数年間すっかり忘れていたのだが、私は文章を書くことがほんの少しだけ得意みたいなのだ。

 

はじめて自主的にまとまった文章を書いた記憶があるのは、小学生の頃のことだ。入学とほぼ同時期ぐらいから、私ははやみねかおる先生のファンになった。本屋に行けば講談社青い鳥文庫のコーナーに直行し、『名探偵夢水清志郎事件ノート』シリーズや『怪盗クイーン』シリーズを読み漁っていた。格好良いのにどこか抜けているような登場人物たちが、遊園地や絶海の孤島や豪華客船のような場所を舞台に活躍する物語を読んで、声をあげて笑ったりおびえて眠れなくなったりしていた。空想が好きだった私は、本を読むことで、ここではないどこか、素敵な人物たちが暮らす物語の世界にトリップしていた。時には本を読み終えても登場人物たちと別れたくなくて、物語の続きを一人で夢想することもあった。そんなことをしていた私が、自分で小説を書き始めるというのは必然の流れであったと言ってよいだろう。12歳になった私は、学級会の係決めで友人と「小説係」なる役職を創出し、クラスに向けて自作の小説を発表することにした。当時はパソコンの使い方もよく知らなかったので、自分で原稿用紙を購入して手書きで物語をつづり、自分で描いた挿絵を挿入したものをホチキス止めかなにかした状態で学級文庫に置いた記憶がある。自作の挿絵付き小説をクラスのみんなに発表するとは、今思い返すとなかなか勇気のある(というか恥ずかしい)行為である。クラスメイトからの反応はあまり覚えていないが、その後第2作の執筆を途中でやめた記憶があるので、大絶賛されたということはなさそうである。

 

その後の人生で、私はゲームや音楽や舞台など、「本を読むこと/書くこと」以外のたくさんのことを好きになった。受験勉強で忙しくなった中学3年生ごろから、「文章=勉強=苦しいもの」という図式が頭の中にできあがり、あまり本を読むことが無くなったように思う。以前は入り浸っていた図書室にもあまり行かなくなった。また、思春期真っただ中のシャイガールとなった私は、小説の執筆・発表という行為の大胆さ(?)に気付き、自作の物語を友人に読ませるようなことはしなくなった。文章と触れ合う頻度は生活の中でどんどん減っていったと記憶している。

 

大学生になった頃には、趣味を聞かれた際に「読書です」とか「物語を書くことです」とかいう答えを思い浮かべることはほぼ皆無になっていた。ただ、授業の課題でレポートを書いたり、卒業論文を書いたりしていたので、文章を書く機会は人生で一番多かったと思う。ゼミの教授には今も感謝している。私があまり鋭くない頭を混乱させながら絞り出した駄文を、細かく校正してくれた。「一文を長くしすぎない」とか「主語を明らかにする」とか、文章を書くにあたって基礎的な、でもおろそかにされがちなポイントをたくさん教えてくださった。書き上げた卒業論文は内容的には真新しくも面白くもないものだったと思うが、他ゼミの教授に「文章がとても分かりやすくて良かった」と褒められた。卒業前の研究発表会でこのコメントをもらった時、当時の私は「評価するとこそこかよ」と思った。文章のわかりやすさについて真っ先にコメントされたということは、その教授にとって内容が本当に大したことないもので、評価に困ったということなんだろうなと考えたのである。

 

社会人になってからは、仕事で失敗ばかりしていた。真面目にやっているつもりなのだが、どうしてもうっかりミスを無くせないのだ。上司や同僚から「ドジ」呼ばわりされたこともあった(みなさん優しかったので、愛を込めてのことではあったが)。私は決して優秀な社員ではないが、文章を書いた時だけは褒めてもらえることが多かった。研修では感想文を提出して「センスあると思います」と言われた。接客に携わっていた時期には、クレームの問い合わせを送ってこられたお客様への謝罪文を書いて「文章力あるね」と言われた。業務マニュアルを作成した際は「わかりやすい」と言われた。学生の頃は大して重要ではないと思っていた自分の文章を書く能力が、いつの間にか私の唯一の長所になっていた。忘れていた小学生の頃の読書体験や小説を書いた思い出が、一気に伏線回収された気分だった。12歳の頃に始めた文章を書くという行為は、今の私が思っているよりも、私という人間にとって大事なことなのかもしれない。私の特技なのかもしれないと思うようになった。

 

せっかくなら、得意分野は伸ばしたい。では、この小さな特技を磨くにはどうすればよいのだろう。人に見せられるようなレベルの文章を毎日書くようにすれば、スピードもクオリティも上がるかもしれない。そう思った私は、「毎日ある程度の文章を書く」ための練習場としてブログを開設することにしたのである。文字通り練習の場なので、大した内容の記事は投稿しない。ただ、「ネットの海に放つのだからあまり適当な文章は書けないな」という覚悟がほしい一心で、ブログという形を選んだ。このサイトをたまたま目にした方にはあまり興味の惹かれるものではないかもしれないが、気が向いたときにでも覗いて「こいつもがんばってるな」と感じていただければ良いな、とは思っている。

 

ちなみにこの文章を書くのに2日もかかってしまった。毎日更新、すでにしんどい。ちょっと無理かもしれないが、「毎日書く」ぐらいの心持ちで、ブログ始めます。